私はなぜ、仙道を続けているのか――仙道家ヒセイの学び方
2026-10-17
私は、仙道や気功について約15年間、主に文献を手がかりとして研究・実践してきました。
また、武術にも関心を持ち、合気道では一級まで学んでいます。
仙道と武術。
この二つは異なる分野ですが、私にとっては、身体をどのように理解するのかという共通の問いにつながっています。
本を読むことと、身体で理解すること
仙道には、さまざまな専門用語が登場します。
丹田、気、周天、内丹。
文献を読むことで、それらの言葉が伝統の中でどのように扱われてきたのかを学べます。
しかし、言葉の意味を知っていることと、実践の内容を理解していることは同じではありません。
例えば、「力を抜く」という言葉を知っていても、実際に身体の緊張を調整できるかは別の問題です。
「意識を向ける」という説明を読んでも、実際にはどのように注意を扱うのかという疑問が残ります。
私は、そうした言葉と実践の間にある問題を大切にしています。
武術と仙道の共通点
武術では、自分の身体がどのように動き、相手や環境に対してどう働くのかを考えます。
仙道や気功では、姿勢、呼吸、注意、身体感覚などが修行の中で扱われます。
もちろん、武術と仙道は目的も歴史も同じではありません。
しかし、どちらも知識を覚えるだけでは完結しない分野だと考えています。
実際に試し、観察し、疑問を持ち、必要に応じて考え直す。
その繰り返しが重要なのです。
私が大切にしていること
私は、仙道を教える際に、強い体験を成功の基準にしないことを大切にしています。
熱を感じることもあれば、何も感じないこともあるでしょう。
その違いを、安易に優劣へ結びつけたくありません。
また、伝統的に語られてきた説明を尊重することと、その内容が科学的に証明されていると主張することは別です。
だからこそ、文献に書かれていること、自分が観察したこと、そこから考えられることを区別していきたいと考えています。
仙道を学び続けるということ
仙道には長い歴史があり、一人の実践者が簡単に理解し尽くせるものではありません。
私自身も、学び続ける立場です。
だからこそ、分からないことを分からないままにせず、同時に無理な結論を出さないようにしています。
仙道を特別な人だけの世界に閉じ込めず、初めて触れる人にも、身体や伝統について考える入口を届けたい。
それが、現在の私の講座や発信に通じる考え方です。
仙道とは何か。その答えを知ることだけでなく、問い続け、確かめ続けること。
その学びを、これからも続けていきたいと考えています。